禅に関心を持つ切っ掛けとなったお寺、正受庵の紹介

7月16日(土)に投稿したブログに禅の夏期講習の予定を書きました。
①の正眼寺夏期講習、7月23日~24日 ②の国泰寺夏季講座、7月31日は既に終了してブログに投稿しました。
多くの方々にお立ち寄りくださいまして私は非常に嬉しかったです。
最後の③は京都妙心寺夏季講座、8月26日~28日ですが、未だ19日も先の行事です。
私は他に投稿したい事は幾つかあるのですが、最後の妙心寺夏季講座まで禅関係のブログで通したいと思っています。
単なる私の拘りに過ぎないのですが、訪問していただく皆さんに《詰まらないブログかも知れませんが》もう暫くお付き合いを宜しくお願いしたいと思っております。

今迄何度も繰り返しブログに書いてきましたが、私は禅が好きです。
これは崇高なる求道心などの類の立派なものでは無く、何となく肌が合うと言うか波長が合うと言った感覚です。
私は祖父から禅の話しを聞いたりしていましたが、現実に向いあったのは大学に入学した18歳の時です。
私は昭和38年4月に地元の富山大学に入学しましたが、多くの入学生も同じだと思いますが、早速と色々なクラブから勧誘がありました。
その中に【弁道会】というクラブがあり、私は話す練習をするクラブかと思い説明会に行きました。
ところが自分の思いと180度違って、もっとも話さない禅のクラブだったのです。
熱心な勧誘にツイツイ入会してしまった訳ですが、数か月後その弁道会の企画で或る禅寺の和尚さんが来られ、富山大学の黒田講堂で講演されました。
丁度ベトナム戦争の真っ最中で、ベトナム人僧侶の抗議の焼身自殺があった頃です。
その和尚さんの住職しておられるお寺は長野県飯山市飯山にある【正受禅庵】という禅寺で、《お寺》と言うより名前の通り《庵》と言った感じの小ぢんまりとしたお寺です。
私が禅僧と言う人を間近に見て会話を交わしたのは講演に来られた後別室にての懇談会が初めてでしたが、それが正受庵住職、酒井盤山和尚との出会いでした。
現在の臨済禅は別名《白隠禅》とも言われている様に500年に1人出るか出ないかと言われている逸材、白隠慧鶴禅師の法系のみが残っていますが、その白隠を真に打出して純禅を伝えた師、道鏡慧端禅師が住まわれたお寺が正受庵だったのです。
ですから、臨済禅の法系紹介では道鏡慧端禅師は白隠慧鶴禅師と共に必ず紹介されています。
正受庵も【天下の正受庵】と言われていて知る人ぞ知る大変な名刹ですが、図らずも私はその様な和尚さんやお寺と縁が出来てしまった訳です。
富山で酒井盤山和尚との出会いがあった後、1年の夏休み、正受庵にて1週間ばかり禅の合宿をしましたが、私は感ずるところがあり今度は冬休みに1人で正受庵に行きました。
正受庵には数日いましたが、その時の和尚さんとの話しが切っ掛けとなって私は昭和39年5月、2年生の時、富山大学に茶道部《遠州流》を設立しました。
その茶道部は最初は母親が教えていましたが、現在は家内が教えています。
茶道部創立以来色々起伏はありましたが現在まで延々と継続して、平成25年には創立50周年、半世紀の大きな節目を迎えます。
茶道部設立してから和尚さんが身体を壊されて受け入れ出来なくなるまで17年間、毎年茶道部は正受庵にて合宿させていただきました。
今回のブログでは、私を禅の世界に導いていただき、富山大学茶道部設立の切っ掛けを与えて下さった酒井盤山和尚が住職されていたお寺、正受庵の紹介をしたいと思います。

   正受庵道鏡慧端禅師、ご母堂、ご指導いただいた十一世酒井盤山和尚のお墓
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週刊文春(H18年10月12日)に掲載されていた細川元首相の道鏡慧端禅師のお墓参り
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                         正受庵本堂
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                      正受庵を代表する水石
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                         正受庵禅堂
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                         正受庵庫裡
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by pcvhirose | 2011-08-08 01:09