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妙心寺開山無相大師650年遠諱報恩大摂心

現在臨済宗は14派ありますが、その内釈尊の悟りがその儘ソックリ伝えられているのは妙心寺派のみです。
それほど悟りをその儘ソックリ後継者に伝えるのは至難なのだと思います。
私は一昨年、平成21年11月6日(金)~8日(日)の3日間大本山妙心寺で【妙心寺開山無相大師 一般寺院・檀信徒報恩大摂心】に参加しました。
妙心寺開山無相大師遠諱報恩大摂心は50年毎に行われておりますが、50年後には700年遠諱の大摂心があります。
私は50年後の700年遠諱にも参加となると甚だ覚束ないですが、少なくとも今回の650年遠諱に縁を持って参加出来た事は非常に有り難い事であると思っております。
参加者は全国から集まり、男性205人、女性92人、合計297人でしたが、女性が31%も占めたのには正直意外でした。
粥座(朝食)、斎座(昼食)、薬石(夕食)、他の決まった行事以外の時間は坐禅ばかりやっていました。
天井に狩野探幽の龍が描いてある法堂で坐禅しましたが、坐禅坐禅の坐禅漬けの感じで、今迄あれほど坐禅ばかりした事はありませんでした。
指導され面倒を見られた雲水さんも大変だったと思います。
2日目の7日14時半から、7月25日投稿のブログで紹介しましたが、岐阜県伊深正眼寺の山川宗玄老師が記念講演をされました。
正眼寺開山無相大師は大徳寺開山大灯国師のもとでの修業が完成した後、岐阜県伊深に移り住み村人達と悟り後の生活をされました。
師の大灯国師が亡くなる時遺言で、花園法皇の禅の師の後継者として弟子の無相大師を推挙しましたが、その時花園法皇は離宮を妙心寺にして無相大師《当時は関山慧玄》を開山として迎えました。
その為、正眼寺は本山妙心寺の奥の院とも言われています。

                      大本山妙心寺山門
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                      大摂心スケジュール
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                      私の班の記念写真
     真中が東海大光管長、向って左2人目が山川宗玄老師、私は後列2列目
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                      掲げられていた標語
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           解散後山門で、管長、老師様、雲水さん達の見送り
           左が東海大光管長、左から4人目が山川宗玄老師
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by pcvhirose | 2011-08-24 20:25

無相大師が開山された霊閑寺

長野県中野市に臨済宗妙心寺派開山無相大師が、父親である高梨高家の菩提を弔う為に開山された【霊閑寺】があります。
霊閑寺は、京都大本山妙心寺、7月25日に紹介した岐阜県伊深の正眼寺とともに三大霊地の一つに数えられています。
開山の無相大師は師である大徳寺開山大燈国師に推挙され、大燈国師の後継者として花園法皇の禅の師になられました。
前回8月8日に紹介した【正受庵】は無相大師の法系のお寺で、中野市の隣り、飯山市にあります。
正受庵開山の道鏡慧端禅師《正受老人》の鉄槌を受けて大悟した、500年に一人と言われている逸材白隠慧鶴禅師も勿論無相大師の法系です。
白隠慧鶴禅師は徳川中期に生きた禅僧で、現在の臨済宗の特徴である公案禅を確立させ、多くの優れた後継者を育てて臨済宗中興の祖と言われています。
私は【正受庵】には何度も行きましたが、その時に訪れた無相大師が開山された【霊閑寺】を紹介致します。

                           霊閑寺祖堂
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                           霊閑寺本堂
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無相大師
御生誕霊蹟


















                      
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霊閑寺住所:
〒383-0024 長野県中野市東山7-82
☎:0269-26-3341
です。
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by pcvhirose | 2011-08-17 14:48

禅に関心を持つ切っ掛けとなったお寺、正受庵の紹介

7月16日(土)に投稿したブログに禅の夏期講習の予定を書きました。
①の正眼寺夏期講習、7月23日~24日 ②の国泰寺夏季講座、7月31日は既に終了してブログに投稿しました。
多くの方々にお立ち寄りくださいまして私は非常に嬉しかったです。
最後の③は京都妙心寺夏季講座、8月26日~28日ですが、未だ19日も先の行事です。
私は他に投稿したい事は幾つかあるのですが、最後の妙心寺夏季講座まで禅関係のブログで通したいと思っています。
単なる私の拘りに過ぎないのですが、訪問していただく皆さんに《詰まらないブログかも知れませんが》もう暫くお付き合いを宜しくお願いしたいと思っております。

今迄何度も繰り返しブログに書いてきましたが、私は禅が好きです。
これは崇高なる求道心などの類の立派なものでは無く、何となく肌が合うと言うか波長が合うと言った感覚です。
私は祖父から禅の話しを聞いたりしていましたが、現実に向いあったのは大学に入学した18歳の時です。
私は昭和38年4月に地元の富山大学に入学しましたが、多くの入学生も同じだと思いますが、早速と色々なクラブから勧誘がありました。
その中に【弁道会】というクラブがあり、私は話す練習をするクラブかと思い説明会に行きました。
ところが自分の思いと180度違って、もっとも話さない禅のクラブだったのです。
熱心な勧誘にツイツイ入会してしまった訳ですが、数か月後その弁道会の企画で或る禅寺の和尚さんが来られ、富山大学の黒田講堂で講演されました。
丁度ベトナム戦争の真っ最中で、ベトナム人僧侶の抗議の焼身自殺があった頃です。
その和尚さんの住職しておられるお寺は長野県飯山市飯山にある【正受禅庵】という禅寺で、《お寺》と言うより名前の通り《庵》と言った感じの小ぢんまりとしたお寺です。
私が禅僧と言う人を間近に見て会話を交わしたのは講演に来られた後別室にての懇談会が初めてでしたが、それが正受庵住職、酒井盤山和尚との出会いでした。
現在の臨済禅は別名《白隠禅》とも言われている様に500年に1人出るか出ないかと言われている逸材、白隠慧鶴禅師の法系のみが残っていますが、その白隠を真に打出して純禅を伝えた師、道鏡慧端禅師が住まわれたお寺が正受庵だったのです。
ですから、臨済禅の法系紹介では道鏡慧端禅師は白隠慧鶴禅師と共に必ず紹介されています。
正受庵も【天下の正受庵】と言われていて知る人ぞ知る大変な名刹ですが、図らずも私はその様な和尚さんやお寺と縁が出来てしまった訳です。
富山で酒井盤山和尚との出会いがあった後、1年の夏休み、正受庵にて1週間ばかり禅の合宿をしましたが、私は感ずるところがあり今度は冬休みに1人で正受庵に行きました。
正受庵には数日いましたが、その時の和尚さんとの話しが切っ掛けとなって私は昭和39年5月、2年生の時、富山大学に茶道部《遠州流》を設立しました。
その茶道部は最初は母親が教えていましたが、現在は家内が教えています。
茶道部創立以来色々起伏はありましたが現在まで延々と継続して、平成25年には創立50周年、半世紀の大きな節目を迎えます。
茶道部設立してから和尚さんが身体を壊されて受け入れ出来なくなるまで17年間、毎年茶道部は正受庵にて合宿させていただきました。
今回のブログでは、私を禅の世界に導いていただき、富山大学茶道部設立の切っ掛けを与えて下さった酒井盤山和尚が住職されていたお寺、正受庵の紹介をしたいと思います。

   正受庵道鏡慧端禅師、ご母堂、ご指導いただいた十一世酒井盤山和尚のお墓
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週刊文春(H18年10月12日)に掲載されていた細川元首相の道鏡慧端禅師のお墓参り
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                         正受庵本堂
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                      正受庵を代表する水石
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                         正受庵禅堂
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                         正受庵庫裡
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by pcvhirose | 2011-08-08 01:09